【浅田次郎】壬生義士伝の本の感想・レビュー・見所・感動【涙腺崩壊】

【オピニオン】

皆さん、壬生義士伝という小説は読みましたか?

壬生義士伝(みぶぎしでん)は浅田次郎さんが書いた時代小説です。

これがもう最高すぎて、どうにかまだ読んでない人に読んで欲しいと思ってキーボードを叩いています。以下、長い長い読書感想文です。

小説は2000年に発売されました。

2000年がどんな年だったかというと、法の華三法行事件での詐欺容疑で警察の逮捕、上高森遺跡の捏造が発覚、など「警察不祥事・食品事故・医療ミスの多発と隠蔽など社会信用失墜の年」とも言われています。

壬生義士伝はそんな事件を反映してないでしょうが、嘘が蔓延していた日本で、義を重んじる侍が主人公の小説がヒットしたのもまんざら関係がないとは言い切れないのでは。

小説のあらすじです。

慶応四年一月。鳥羽・伏見の戦いの大勢は決し、幕軍は潰走を始めていた。そんな中、大坂の盛岡藩蔵屋敷に満身創痍の侍が紛れ込む。 南部藩の下級武士として生まれ、貧困にあえぐ家族を救う為に妻・しづを残して盛岡藩を脱藩し、新選組の隊士となった吉村貫一郎であった。朴訥な人柄でありながらも北辰一刀流免許皆伝の腕前を持つ貫一郎は、金の為、ひいては盛岡に残る妻子の為に危険な任務も厭わず、人を斬り続ける。しかし時代の流れには逆らえず、新選組は鳥羽伏見の戦いで敗走。隊士達が散り散りとなる中、深手を負った貫一郎は何としても故郷への帰藩を請うべく大坂の南部藩蔵屋敷へと向かうのだが、吉村に対し、蔵屋敷差配役であり吉村の旧友であった大野次郎右衛門は冷酷にも彼に切腹を命じる。 時は流れ、大正4年。北海道出身の記者が、吉村を知る人々から聞き取り調査を行っていた。彼らによって明かされた彼の生涯とは。

壬生義士伝」より

こちらの小説、第13回柴田錬三郎賞を受賞し、テレビドラマ、映画化されていて映像で知っている人もいるかもしれません。私自身も「みぶぎしでん」という単語は知っていて時代劇だろうとは思ってましたが、どの時代のどんな話なのかは皆目検討もつきませんでした。

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壬生義士伝に辿りつくまで

そもそも何で壬生義士伝を読もうかと思ったかというと、司馬遼太郎の小説「燃えよ剣」を読んだからなんです。映画化されるということで、じゃあちょっと読んでみるかと手に取ったのが運の尽き。新撰組のやんちゃ感、土方歳三のかっこよさ、そしてたくさんの登場人物にやられてしまいました。

有名な人物をwikipediaで調べて少しづつ知識を増やしていきました。

地元であるうきは市出身の新撰組隊員がいる

・るろうに剣心の相楽左之助のモデルは原田左之助(新選組十番隊組長)

「燃えよ剣」の次に手に取った小説が三番隊隊長 斎藤一が主人公の「一刀斎夢録」という本。

これは浅田次郎さんの本でどちらかというと、壬生義士伝に出てきた斎藤一を深く掘り下げた本。いわゆるスピンオフ的な作品かと。これも面白かった。

「燃えよ剣」の土方歳三がどちらかというと策略や指揮で隊を率いていくのに対し、斎藤一はまさに一匹狼で人斬りをしていきます。人を斬る動機、生い立ち、考え、剣技、そしてラスト西南戦争でのエンディング。泣く系ではないですが、一気読みするほどの面白さがあります。

それから満を辞しての「壬生義士伝」です。

ただ、あまり期待してなかったのが事実で、あらすじを読む限り、吉村貫一郎って誰?フィクション?守銭奴?切腹して死ぬの?とまったく心に響かなかったからです。

官軍相手に戦い華々しく散った土方歳三、圧倒的な強さで人を斬りまくった斎藤一、この2人に比べると、いくら剣が強くても守銭奴で、切腹した主人公という話はどうしても魅力的には映りません。

もがいて壮絶な死を迎える

とは言え、タイトルにも書いてある通り結果的には涙腺崩壊して感動の嵐になったわけで、今からそれを紐解いていくわけです。まぁ逆に言うとここまで期待してなかったからの反動も多分に含まれているのかもしれません。

そもそも涙が出るためには感動の下地がないとなかなか出るもんでもありません。昔、ペットを飼っていて亡くなった経験があるからフランダースの犬で泣いてしまう、とか。こんなに単純じゃないかもしれませんが、泣いた話というのを分析してみると自分の過去が見えてます。

この壬生義士伝は36年間手島theベストの小説です。

今まで小説含む本や映画で猛烈に泣いてしまったものを挙げていくと共通点が見えてきます。

・漫画バカボンドで又八がお婆を背負って懺悔するシーン

・映画always三丁目の夕日のNo.2ラストでの小雪に吉岡が告白するシーン

・漫画ナルトでロック・リーが裏蓮華するシーン

・小説容疑者Xの献身でのラスト犯人の慟哭シーン

・映画フラガールでしずちゃんのお父さんが亡くなるシーン

思い出すだけではこのあたりでしょうか。こうやって挙げてみるとけっこう傾向が見えていて、基本的に「もがいている姿」に心打たれています。

高校時代のバスケ部生活やメキシコ時代のままならぬ生活でもがいていた自分の姿と重ねているのでしょう。壬生義士伝に出てくる主要キャラもほとんどがもがいています。「もがいて壮絶な死を迎える」場面で結局は涙腺崩壊しています。

ようやく壬生義士伝のポイントに入っていけますかね。導入で2000文字くらい使っているでしょうか。はてさて終わるのか。いくつもある壬生義士伝の良かった点の中から涙腺崩壊ポイントを解説します。完全に主観でかつ思い出し書きなので、ずれているかもしれませんがあしからず。

涙腺崩壊①主人公が守銭奴では感情移入できない!

先ほどからずっと言っている「主人公が守銭奴では感情移入できない」問題ですよね。ただここでは、前半戦の感情移入できないという負の感情が後半事実がわかりだして感動を迎えるという仕掛けがすごい、という意味です。

基本的に感動は振り幅がないと起きづらいので、どうびっくりさせるか、どう盛り上げるかに作者は心血を注ぎます。この振り幅の難しいところは、序盤に振り幅をつけるため下げすぎてしまうと読者が離れてしまうという怖さも孕んでいます。

この壬生義士伝がまさに典型的で、多くは新撰組のチャンバラを期待して読み始めます。アクションや華々しい人生の煌めきを期待して読み始めるんですが主人公はいきなり命乞い→切腹の流れになります。

多くの読者はあれ?となります。なんか思ってたのと違うぞ。

現に私も吉村貫一郎が即効命乞いした時には本を置こうかと思いました。

この物語は切腹というゴールに向かいつつも、吉村貫一郎の関係者に話を聞いていく中で吉村という侍の人物像を作っていく物語になります。前半戦はそんなに知っている人でません。語り部が無名です。

そういった意味でいうと壬生義士伝はミステリー小説を読んでいるような感覚で進めていきましたね。

・なぜ守銭奴なのか

・なぜ剣が強く学問もできるのか

・なぜ切腹させられるのか

・ここから感動にいくのか

そんな思いでページを進めていきました。

涙腺崩壊②斎藤一というサイコパス

壬生義士伝は上下の二巻なんですが、斎藤一という有名人を上下のつなぎに置いています。これもまたうまい。上下のつなぎに斎藤一を置くことで「下はやめようかな」を封印しています。

物語も加速していくような感覚がありました。

やっと有名人が出てきた、と。かつ私の場合は「一刀斎夢録」を読んでいるもんですから嬉しいですよ。浅田次郎が描く斎藤一はまじで怖いですよ。現実世界にいたら近寄ってはいけない人です。

wikipediaによるとサイコパスとは以下の通り。けっこう壬生義士伝の斎藤一に当てはまります。

良心が異常に欠如している→まさにその通り!
他者に冷淡で共感しない→まさにその通り!
慢性的に平然と嘘をつく→まさにその通り!
行動に対する責任が全く取れない→微妙
罪悪感が皆無→まさにその通り!
自尊心が過大で自己中心的→まさにその通り!
口が達者で表面は魅力的→口が達者ではないが魅力的!

自分の常識や確固とした判断基準があってそこに合わないとすぐ斬ります。

基本的に吉村貫一郎はどんどん味方を作っていくタイプですが、ここにきて急に斎藤一に嫌われ命を狙われます。初めてあった斎藤一に対し、吉村貫一郎は残してきた故郷や妻や子供の話を聞かせそれにむかつく斎藤一は切ることを決意する。

こうやって書くとようわかりませんが、一刀斎夢録での心理描写も合わせると斎藤がそう思うには整合性がありあまり違和感は感じません。

土方歳三から人斬りを頼まれていたこともあり、どう理由をつけて切るか?を考えつつ剣を抜きます。

まぁ、とにかく上下のつなぎ部分に出てくる斎藤一の章が「いかにも新撰組が活躍する展開で、かつ主人公である吉村貫一郎も危なくなり、盛り上がります」

場面展開としても京都を追われた新撰組が大阪に落ち延びるところで、負け戦に入っていく所です。あんだけ忌み嫌っていた斎藤一ですら最後には吉村を生かそうとする場面があるんですが、まずはそこで泣けます。

涙腺崩壊③全ての伏線回収に涙

こうなってくると読むスピードも上がり、一種のゾーンに入ってきます。後半は全ての伏線回収が行われていきます。これもまた圧巻。想像もつかない展開でもう唸ります。涙腺が緩くなってしまい隣で流れていた、なんてことはないテレビ番組でも泣いてしまいました。

折れた刀と握り飯

現代に生まれた私にとって「切腹」をやる動機や痛みなどは想像も尽きません。古来日本は散り際の美学というものがあって、吉村貫一郎も物語の後半でようやく意思を固めて切腹します。

が、その散りざまの凄さよ。

武市半平太の横三文字は知っていたがこんな散り方ってある??ぐらいの華々しい??いや絶句の散り方をします。切腹ですからね。切腹。

またこの切腹で最初からの伏線を回収しつつ、次の子供につなげます。

そして凄惨な切腹現場に残された手をつけられていない握り飯。あれだけ故郷を愛し、故郷の帰ることを望んだ象徴でもある握り飯が食べられなかった理由は??

親友の絆と親子の絆

物語の後半(切腹後)から吉村貫一郎の子供達にスポットが当たっていきます。ドラクエ5的な親の意思を子供が継ぐような流れです。3人の子供がいるんですが、それぞれがそれぞれの場所で人生を駆け抜けます。

長男は函館転戦で父を供養し

長女は旦那の志を応援し

次男はそもそもの元凶を克服するために人生を注ぎます

特に長男が最後に語った「戦う理由」に関しても涙なしでは語れません。生き様を示す、家名を轟かす、藩を代表する、汚名返上する、なんていくつもの理由が本当ではなくて、もうすごくシンプルなんですよね。シンプル。

物語において、3人誰が欠けても駄目なくらい重要な子供達です。

そしてももう一つ描かれた親友の絆。

吉村貫一郎を切腹に追い込んだ大野次郎右衛門も、吉村とは違った義を貫きます。親子の縁、親友の絆、つながれた思い、フラッシュバックする過去、感動のミルフィール仕立てになっています。

ラストの書状

そしてラストですね。こんな終わり方ありなん?と最初は思いましたが、逆に一言一句理解できないからこそ想像力が働きます。映像で大野次郎右衛門が書状を読んでいる画が見えてきます。力強い声で。一言一句。庵の中で。そしてエンドロールが流れてくる、みたいな。

倒幕だ!攘夷だ!佐幕だ!長州だ!薩摩だ!坂本龍馬だ!明治維新だ!で語られがちな幕末ですが、負けた側の論理を伝えてくれる良書だと思います。ぜひご一読を。

まとめ

このへんにしておきましょう。壬生義士伝の見所を語らせてもらいましたがいかがでしたでしょうか。ネタバレしないように書いたつもりですが。物語とは流れでもあるので、ピックアップしたところで本当の面白さは伝わらないでしょう。

ということで、まだまだ新撰組の熱は止まりそうにありません。

次はどんな小説に出会えるのか楽しみです。

それでは。

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