【車から30分で登山】香春岳も臨める絶景の障子ヶ岳!

Final Cut Pro X(動画編集)

建武3年・延元元年(1336年)足利駿河守統氏によって築かれたと云われる。 足利尊氏が統氏に命じて築城し統氏を豊前国守護としたと日本城郭体系には記述しているが、足利統氏の系統はわからず、岩波書店の日本史事典には豊前国守護として統氏は記されていない。応安元年・正平23年(1368年)統氏の籠る障子ヶ岳城を千葉光胤が攻め落とし、その後は千葉氏の居城となったが、応永6年(1399年)正月千葉氏が一族を集めて祝いの最中に突然大内義弘の軍勢が攻め寄せ城内は大混乱となって、千葉高胤は落ち延び、子の千菊丸も太田蔵人が守って筑前へと落ち延びた。その後、千菊丸が千葉氏を再興して大内氏より障子ヶ岳城を取り戻したが長くは続かず千葉氏は滅亡し、再び大内氏の持城として家臣門司左近将監国親等が城番として在城していた。

障子ヶ岳城」より
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