諦めていることの強さ

【オピニオン】

先日こんなツィートをしました。

渾身のツィートでしたが誰からも「いいね」をもらえず撃沈。

悔しいので、今回は「諦めていることの強さ」についての考えをまとめてみました。

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メキシコでの諦め

メキシコでの生活はスペイン語が使えなかった分諦めの連続でした。言葉が通じない、仕事がうまくいかない、プライベートも充実しない、などなど。今思えばそこには小さな成長もあったんですが、日本で喋れていた状態から比べると、何もできないという思い≒能力が低い、という認識になっていました。

その後のメキシコ起業。死に物狂いでやりましたが望んでいた成功とまではいかず。自分の能力の限界を知りました。そこからは本をむさぼる生活へ突入・・・

地域おこし協力隊で町に来る時の目標は、「静かに本を読む生活がしたい」でした。

蓋を開けてみるとけっこう行動していたので、潜在意識は動き回りたいという思いがあったのかもしれませんね。「メキシコ時代の苦しかった生活」と「静かに本を読む生活がしたい」という2つの諦めがいい感じで作用してくれたように思います。

協力隊の生活が大変という周りの声がある時も、「いや〜メキシコと比べたら余裕でしょ。言葉通じるし」と思っていましたし、仕事でもっと頑張らないと!とはっぱをかけられた時も、「いや〜そもそもは静かに本を読む生活がしたかったわけだからぼちぼちでいこう」と思ってきたわけです。野心的な側面からすると微妙な考えですが、他人と比較してもっと頑張らないと!と考える傾向が強い私にとっては精神的な安定につながっていました。

追い込んで極端な戦法をしがちなんですよね。今までの生活で極端な策をとった例。

・バスケ部の時シュートを捨てパスのみのスタイルに変える

・大学受験は滑り止め受験を捨て西南学院大のみ

・スペイン語を学ぶため「日本人コミュニティ」を離脱

・1年間タコスのみ食べる

・半目睡眠法を実践

・小説を書くために昼夜逆転の生活にする。夜は工場、朝昼はカフェ

・費用を節約するため坊主生活

・宅建試験のため勉強時間を捻出。一日一食を実践。

・宅建試験のため瞑想を始める

書いている全てにその時々の自分なりの理由はあるんですが、あんまり理解はされてないようです。説明もしてないからね。半目睡眠法を試している時はちょっとマッドサイエンティストになってたな。

とはいえ、香春町に移住して4年。子供も産まれ、不動産屋を開業し、来年度の動きも見えてきた今。少し安定期に入ってきたように思います(自分で思っているだけで)。

こういう時こそ、積み上げてきたものの中の微妙な習慣を捨て0から始める時期なのかなと散歩しながら思ったわけです。

1からまた生活をしていこうと思う今日この頃。マインドを固めつつ、行動原理を整え、いざ実践していこうと思います。

虚に他者の良いところを学び、求める人にはギブし、比較はせず、野心の火は灯しつつも、真似ることに恥じらいもなく、発信して知ってもらいつつ、挨拶をしっかりする人、になる。

それが今まわりを見ていて「怖い人」だから、そう自分もなってみようと思う。

それでは

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